復帰の初出勤日、自分のフロアに一人では行けず、上司に
1階のエントランスまで迎えに来てもらった。
(私のフロアには40〜50人の人がいる。とてもじゃないが
休んでいてそれだけの人の中には行けなかった。)
会社に着いただけで、どっと疲れが出る。
動きはふらふら。会社は家より広く何をやるにも疲れた。
(トイレ、飲み物を取りに…ちょっとしたことが大変(ーー;))
会社の仲間は皆いい人なので、温かく迎え入れてくれた。
それだけでも大きな支えとなった。
(トップの上司が前もって病気の説明をしてくれていた。)
当時の体の状態は、何をするにもふらふら。動きがとろい。
会話もゆっくりだし(言葉が浮かんでこない)人の話すことも
ゆっくりでないと理解が難しい。
頭の中がすぐ混乱してしまう状態だった。
(今考えれば、復帰する状態ではなかったと思う。)
外を歩くにも、人の気配を感じられず、私を抜かしていく人に
よく驚いていた。自宅から駅まで行く時間は倍かかっていた。
朝は7時前に起きていたものの準備が終わるのはいつも昼まで
かかっていた。(動作がとにかくのろかった。)
通勤時間が30分ほどだったのが助かっていた。
(電車に乗っている時間は10分程)
はじめはただ会社に行くだけ、いるだけで精一杯だったが、5〜6
月頃になってくると、少しずつ簡単な仕事ができるようになった。
自分からも細かな仕事を見つけてはやっていった。
文書整理、簡単なプログラム修正…等々。
自分の中では3ヶ月半日出勤して(5〜6月頃まで)、少しずつフ
ル出勤にもって行き、8月からは通常出勤することが希望だった。
しかし、会社に行くのは慣れてきたものの一日行けるような体調
にはなかなかならなかった。
先生にそのことを言っても、「無理せず様子を見ましょう」と言わ
れるでただ時が過ぎていった。
いつになったら普通に会社に行けるようになるんだろう…。
6月になって風邪を引いてしまい、会社近くの産業医のいる病院へ
行った。(前にも風邪や胃腸のことでお世話になっている)
そのとき、頭痛(鬱になって以来の頭痛)も酷かったのでそのこと
も相談した。どこがどう痛むのかとても親身に聞いてくれた。
(精神科の先生はそんなことはしてくれなかった。)
そうしたら、今まで飲んでいたロキソニン(鎮痛剤)では効かない
ことが判明。
(半年間も効かない薬で我慢していたのが悔やまれた。もぉ〜〜!)
仕事でも頭が痛くてデスクに頭を押さえつけていたこともしばしば。
産業医の先生に診てもらってから、三叉神経痛に使う薬、テグレト
ールと神経ブロックをするようになった。(ブロックは週一回程度)
※神経ブロックは眉毛の付け根にある三叉神経の入り口に麻酔
の注射を打つ。
痛そうに聞こえるが本人は痛くも無い。頭痛の方がよっぽど痛い。
頭痛は会社にいるときの方がひどい感じだった。
やはり、会社は疲れる場所であり、何にしてもストレスの多いところ
なんだなとつくづく感じた。
産業医の先生は癒し的存在の先生でいっぱい話も聞いてもらった。
(精神科の先生よりよっぽど落ち着いて色々話せた。女医さん。)
産業医の先生からも「精神科の先生とは合うの?」と聞かれたが、
精神科の先生を他に見たことがなかったので答えようがなかった。
「棒読みで機械のような先生です。合う???よくわかりません。
ただ先生とお話しするほうが安心します」とだけ答えた。
精神科の病院では10分もすると受付の人が入ってきて、
「後の患者さんががいますので」と診察中なのに焦らされることが
よくあり、逆にこっちが気を遣ってしい、よく話せないことが多かった。
(今から思えば、もっと早く病院を変えればよかったと思う。)
精神科の病院に不満を感じ始めた頃、事件が発生した。
6月の後半。それは自立支援の遡り返金のことだった。
本来申請日より自立支援が適応になる。証書が来るまでは全額払って
いたとしても、後から遡り返金される。
(申請書の写しで1割に本当はなるらしい。)
これは保健センターの人がそう説明していた。
ところが私の場合、法改正(2006年4月)のころ自立支援の対象になり、
病院の事務処理が混乱する為、遡り返金を2ヶ月待ってくれ、と言わ
れていた。
6月の後半ともなれば、2ヶ月以上が経っているので、先生に遡り返金
のことを聞いてみた。(先生が2ヵ月待ってと言っていたので)
そうしたら、受付の人から説明があるとのこと、その説明を待った。
(受付の人は年配の女性。言葉遣いは丁寧だがとげがある言い方の人)
すると…
「申請時の頃は個人の番号がないので遡り返金はできません」と。
保健センターに言われた説明を言ってみたが…
「他の病院はそうかもしれないが、うちの病院では番号が無いとできま
せん。電子カルテがそうなっているんで。気に入らないなら他にも病
院はあるのでそちらに行ってください」と。
「診断書料も3千円に負けましたし」とまで。
(って3千円は元からだろう〜〜!と言ってやりたかった。が言えなかった)
返金額は1万5千円程だった。(私には大きい額)2〜3千円なら許せるが…
しかも説明はよくわからないまま…電子カルテは私には関係ない!!!
どうしても返して欲しいわけじゃない、ちゃんとした説明が欲しかった。
番号が無いからって…他の病院は返してもらえてるのに…何で???
挙句の果てに
「先生もこの件に関して質問しても困るのでもうしないで下さい」
とまで言われた。
返金がないのは、もう仕方ないと思った。
が、この病院には二度と来たく無〜〜〜い!!!と強く思いそれ以来行かなくなった。
あの受付のババァを見ることを思うと余計ストレスになる!
今まで何だったんだ〜〜〜っと悔しくてたまらず、その日は泣いていた。
病院に行かなくなるのはいいが…大切な薬が…どうすればいいんだ…
産業医の先生に精神科に行かれなくなった経緯を話すと、
「そんな病院、やめて正解よぉ。このお薬ならここで出せるから、
次の病院が見つかるまで大丈夫よぉ!」
と。とっても優しい対応をしてくれた。やっぱり癒しの先生。
これで、すぐ病院が見つからなくても安心。
そうは言ってもなるべく早く病院を探さなければ…と病院探しが始まった。
・受付の対応がいいところ
・会社と家からの便がいいところ
・自立支援等各種保険に対応しているところ
(幾つか調べた中に自立支援対応でない病院もあった。)
↑のことを中心にネットで調べ、電話で受付の対応を見て病院を決めた。
7月のはじめには何とかよさそうな病院が見つかり、転院することとなった。